昼の闇風呂
浴室と脱衣スペースの電気を消す。風呂に入る前のほんの少しの工夫だ。
俺は人より瞼の皮が薄いのか、ちょっとした明かりでも閉じた瞼の内側が眩しくギラつく。目を閉じただけでは暗闇を楽しめないし、目に感じる光を制限し切れない。
電気を消した風呂は、窓こそないが、漆黒の闇というわけではない。外からの明かりが部屋に入り、その残り明かりが文字の読めない程度まで減衰して風呂まで届く。ともあれ、目を閉じれば負担を感じない程度には弱くなってくれている。
体を流し、浴槽に入る。
湯に入ると、何かが活性化するのか、痒みを覚える。どうどう。良い子だ。これは何かが悪いんじゃない。皮膚の習性みたいなもんだ。かかなくていい。かかなくていいんだ。
一頻りの痛痒感を鼻息深く吐いて凌ぐ。手、腕、皮膚、肉、腹ン中、じわっと温まってくる。ふぅと息を吐いて手で浴槽を掬い、顔にびしゃっと浴びせつける。髪にも。俺の家の、俺だけが入る浴槽だ。気兼ねはない。
鼻の中にかすかな入浴剤臭。ラベンダーの香り、紫のお湯の、城崎温泉だ。行ったことはないが、入浴剤にそう書いてあるんだから、そうなんだろう。フェイタルな傷もきっと治る。
風呂の中は暗い。換気扇のファンの音がボーッとしたノイズになる。音は一定であればそれほどストレスではない。
目を閉じて、脱力する。自然と息が深く吐き出される。頭の中にある意識が出ては消え出ては消えしていく。昼ご飯は……今はいい。洗濯物は……あとでやる。風呂入る前に干せば……もう入ってるし考えてもしかたない。
気持ちよくなるために一旦あがって水を……いいんだ別に。身体の声に従おう。
身体はまだ満足していない。首、肩、背中が温まり、瞼が勝手に落ちてきた。半目まで垂れ下がり、瞼の裏の黒と、半目の水面が見えてはいる。意識はしていない。頭は次々出てくる考えをいなす事をダラダラとしかしテキパキと、し続けている。
考えが出てこなくなり、身体が満足した。
洗い場に出て、髪や身体を軽く洗う。
もう一回浸かり、満足を待つ。考えは、いなす。半目になっている。息が深く出る。
浴槽を出て、シャワーから水を出す。呼吸に少し気を遣って、吐いているタイミングから頭から水をかぶる。めちゃくちゃ冷たい。頭、顔、肩、腕、脚、尻、胸。あとは冷やしたいところを冷やす。足の裏にも水をかけるのが最近のフェイバリットだ。
我慢せず、浴槽にもどる。冷えた身体が温まってくる。ジワジワとしたその感覚を眺める。身体が冷やされ、温まり直している。ジワジワが身体中に浸透して、波みたいなものがジワ〜っと行き渡る。身体が満足したら、また水シャワー。そしてまた浴槽。
二度温まり直したあと、水シャワーでさっと身体を流して、上がる。
薄暗い脱衣場で体を拭き、一息。
水を飲んでもいいだろう。飲みたいものを飲む。
水シャワー上がりのためか、湯上がり後の汗も過剰には出ず、身体はジワリとよい感覚に満ちてくる。
何かとお節介を身体に対してしてやりたくなる事が多いが、身体も大人を超えて老いて来ている。そろそろ甘やかしてあげてもいいんだよなと、そんな事を思った。