alovelog

続けられるよう頑張ります。(雑な)料理、サッカー見に行った時のこと、ランニングなどが大体の話題だと思います。

闇風呂で息を吸って吐き、思考を流す

暗くした風呂が好きで、よく入る。

寝てしまうと危ない。寝るのは目的ではない。

目に入る明るさや家の中や外の色々な音、そうしたものをなるべく取り除いた上で、湯船に浸かる。

じわりと身体とお湯の温度差を皮膚に感じ、肉に浸透して、水圧は腹部から胸部を押してくる。

瞼が落ちるに任せ、半目、眼球は知らんけど少し上向きなのか、下半月からぼんやりと風呂に漏れ入る明るさが見えている。

 

呼吸に意識をやると、浅く、最低限の呼吸になっている。

ゆっくり、鼻から胸を膨らますように、あくまでゆっくり息を吸う。

水圧に押されているのにやや逆らうよう、吸っていく。

ゆっくりだと吸うのがしんどくなったあたりで腹を膨らますようにひと押し吸い切る。

 

止めずに吐く。鼻から吐く。身体、呼吸器の開きが戻るに任せ、吐く。水圧も感じながら吐く。更に筋力を使って、吐き切る。

 

止めずに吸う。ぺしゃんこになった身体に空気が入ってくる。吸うというより、入ってくる。

 

これを繰り返す。

 

色々と自分の人生や、気がかりなこと、今日の洗濯、最近の仕事、ゲームとか配信してみたいとか、何か知らんけど一発あててぇとか、腹が出てること、運動が続かないこと、そうした雑念の一つ一つをネットに書き散らしたい欲。それを否定したい気持ち。そういうのが浮かんでくる。

呼吸を楽しんでいると、集中しているためか、雑念はあまり湧かない。やめると湧く。

一つ一つをそうか、そうだな、うん、そうだねと、緩やかに大人の厳しさで、認めるかのように、流していく。省みない。必要なことなら、また思うだろう。

自分の中に湧き出てくる雑々とした念を気持ちの小川、現実の闇風呂に流して、また水シャワーを浴びる。

水シャワーを浴びれば風呂のあとの汗はすぐに引く。

タンスから部屋着を出して着る。さらさらだ。

ソファに腰掛けて半目になる。

下半月の右の側から、三百万円程の札束が見えてきた。

俺は本当に、お金が欲しいんだな。

組んでいた足、足に挟んでいた左手を解いて、お茶でも淹れやんと、台所に向かった。

 

 

鶏肉と蕎麦があれば……かしわ蕎麦

北の大地にもようやく春が訪れている。
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俺は、半年ぶりに軽いランニングをした。

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(お久しぶりの鮭ニキと。)

 

腹が揺れ、膝に重みがかかる。

随分な身体になっちまったもんだ。

自分の身体には、自分で優しくしてあげよう。

走れば、景色は、空気は、風は、俺のものだ。

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やっていくしかねぇぜ。

変な試合してるコンサドーレは俺の贅肉を減らしてくれはしない。

お前の人生は、お前が。俺の人生は、俺が。

なんとかしていくしかねぇんだ……*1

 

フライパンで鶏肉を焼いて、ネギも焼く。きのこも焼こう。

傍ら、だしパックを使ってだしを取り、だし600mlに醤油大4、味醂大3。

そいつをフライパンに合流だ。
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だしを取っていた側でお湯を沸かし、麺を茹でたら……


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かしわ蕎麦の完成だ!!

出来るんだよ!

やれば出来る!!

やらねば出来ぬ、何事も!!!

 

なんというか、うん。

料理はやればやるほど上手くなりますね。

 

では

*1:なので、コンサドーレコンサドーレが頑張って、サッカー的にまともになってくれ……😭

プリティーシリーズ10周年Blu-rayBOXが届き俺は涙腺と生活を壊した。

お別れは、うう
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突然やってきて
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すぐに済んでしまった

 

俺の家に任意に再生可能な最高画質メディアとしてのプリティーリズム或いはプリパラが無い生活は、終わりを告げてしまった。


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オープニングから目の鱗(目ヤニやろ)が取れる。

こんな書き込まれてんの?あのバッグ欲しいよ。

俺は50話のオーロラライジングドリームでやっぱりクソ泣いたし、映像の鮮明さは凄く、大事だ。描いているものが見える。大事で無いわけがない。買ってよかった……


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ディアマイフューチャーもたまらない。

このオープニング見てくれよ。

キング・オブ・ハートじゃん(Gガンダム


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そして主人公格の上葉みあ(右)にツッコむ深山れいな(左)。深山れいなが完全にウマ娘ナイスネイチャなんだよ。見ろ。すぐ買える。俺はディアマイフューチャー見てたから、ウマ娘やって即理解した。

 

れいなはナイスネイチャだ。*1

 


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このブログを読んでる奴は恐らく何かを出来ない、何かに至れない、そんな辛みのある奴だろうと思う。辛いよな。そうでもない?ならいい。

でも幸せはそこにある。

仮に無いとするなら、お前は上記画像のような歪なチャレンジをせねばならない。

上の画像のように、できたか?(俺は無理)

 

無理はするな。

ただ、お前はお前の、お前自身から誰の煽りもなく湧き出る何かを、観察し、捉えろ。

それが、お前だ。

お前に従い、お前として行動し、お前の行動に対する責任を、お前が果たしてゆけ。

 

ディアマイフューチャー劇中一発目の音声が千葉繁さんなの、流石に少しお子様につかみやすくしてあげて?と思わなくもないおやすみでした。

CHAO

*1:なので必死こいて強くしろ!!!
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鶏むね肉が安く買えたらJ2群馬の敷島を思い浮かべて鶏丼と洒落込もう

鶏むね肉はとてもうまい。

歴戦のJ2民であったなら、それは理解っている筈だ。

そう。敷島総合運動公園、J2(復帰おめでとうございます)ザスパクサツ群馬のホームスタジアムでお馴染みの、とり飯だ。
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とり飯の詳細なレシピも再現もどうでもいい。俺はとにかくタレで味のついた胸肉でご飯をかっこみてぇんだ!

 

醤油大1.5

味醂大2

酒大3

水小2強

砂糖大1強

にんにく

好みで唐辛子とかしょうが

これで鶏むね肉(フォークで穴を開けると味がよくしみる)を30分漬けて……
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皮目を下にして弱火で30分ぐらい焼けば中ギリまで火が通る。

(漬けてたタレは別途とっておく)

(途中皮は焦げるかも知らんので、ちゃんと見てあげよう)

肉をフライパンから取り出し、そぎ切りに。

フライパンに残りタレを入れて沸かす。

そぎ切りした肉をタレに絡ませる!!!

(キワは狙わず、ちゃんと火を通そう)


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つまりは、こう。


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あとは、ごはんの上に乗っけて、タレをブチ回し、胡麻を散らして、手間いけたら海苔でも散らせばお前だけのとり飯だ!!、!!!

 

2人で鶏むね肉一枚らしいが、我が家はストロングスタイルなので1人1枚。

案の定、ガチの旨さではあったが、量もまた、多かった。

 

end

 

 

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||を見てきたぞ3【ネタバレ込みの感想だけど、それ以前のシン鑑賞に至る説明がクソほど長い】

【途中まではネタバレに配慮した感想ですが、途中*1からネタバレ含む感想です】

※この記事は10000字あり、概ね6000文字ぐらいまではシン・エヴァンゲリオン劇場版:||公開「まで」の話ですので、ネタバレはないです。

 

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||を見てきたぞ。ということで ネタバレを極力含まない感想を2回ほど書いた。火照りがどうにもならんし、感想は熱いうちに打てというので、様々な解釈や解説、批評だったり分析や自己願望に皮を被せた何かなんかに汚されちゃう前に可能な限り率直な観劇当初、観劇後の感情感想を書き留めておきたい。

(これまでのネタバレ配慮のは以下の2つです)

 

 ◆本文

1:僕とエヴァンゲリオン(1995~2007)

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||の感想を書いていくわけだけど、それには一応自分とエヴァ(TV、旧劇)や、ヱヴァ(ヱヴァって出すのめんどいから序破Qシン*2とする)との経歴を書いといた方が唐突な感情とかなくてよいと思うので書く。

自分は95年の放送当時は大学の寮に入ったばっかりで、先輩たちがこぞってリアルタイムで見ていたのを覚えている。多分2回ぐらい見た気はするけど、当時はカッコいいアニメだなぐらいにしか思ってなかった。

それから1~2年?旧劇が凄い話題になったり、時期は前後するけどサターンで出たデジタルカードダスだったかが頗る微妙だったりと、端っこで見聞きしたエヴァ界隈の話題は自分の中では「なんとなく興味はあるけど他人事」だった。

大学の寮には良くも悪くも布教者のような人がちょいちょいいて、大学生という存在が「何か熱意を注ぐ対象」ができた時、時間が無限にあり*3、布教対象とも距離が近い(寮だからね)ならば、その地形効果は絶大で、私もやっぱり「TV版全話入りVHSビデオカセット」を借りる羽目となった。

これが…エヴァンゲリオンか。凄いな。

難解だし意味がわからんし皆嫌な気持ちになっとる。陰鬱…

などと感想を得るも、自分に金はなく、お手製VHSを返した後は「すごかったな。何かしらんけどあれがエヴァンゲリオンだったのか…」程度の興味に落ち着いておったし、まして謎の謎本(北部食堂の2階の書店にも売っとったハズ)とか、どれが公式でどれがそれっぽく書かれた非公式本なのかもわからないし、それを追うほどの熱意はなかった。ここまでが1995~2001。大学院には行ってない。この意味、わかる…?*4

再燃したのは2004年だろうか。コンサドーレ札幌の試合を見るために加入したスカパーのアニマックスだったかキッズステーションだったかで、TV版エヴァの一挙放送があったのだ。旧劇場版も含めて!!!!!

HDDレコーダーに書き込まれるエヴァンゲリオンをDVDに焼き、DVDも何なら擦り切れるんじゃないかってぐらい見た。これがエヴァだった。ようやく一人で邪魔されず、金もある状況で、エヴァンゲリオンに食らいつくことができた。これが、逃げちゃダメだ!これが、ワイはお前を殴らなアカン!最弱の使徒マトリエル!泣いてるのは私?これが、無音(その後、潰れる音と落下する首)…!線画エンド!おめでとう!意味がわからない!劇場版だ!なんか楽器弾き始めた!この映像はなんかあの頃社会現象的だったエヴァっぽいな。確かにクドい!そしてカノンだっけ?4重奏が終わった!シンジくん、病室忍び込みオナニーはマジで最低だ!それ、撮られてるから…!とか、これが「気持ち悪い」→光の速さで終劇かぁ~~~ なんかを楽しんだ。

更にエヴァンゲリオン2(プレイステーション2版のゲーム。やろうと思えばゲンドウで冬月にちゅっちゅしたり出来たハズ。可能性は無限大!)も、シンジくんがセントラルドグマ内の機密情報やリツコさんのパソコンをこれでもかと好き勝手して、挙げ句に世界の真実に近づきすぎた事への代償として放たれる追手を単独処理できるまでには鍛え上げたり、トイレに行きたがる多数のネルフ職員にディーフェンスディーフェンスとばかりに通せんぼしては唇を奪うという何プレイだそれ。みたいなことを延々とやっていたり、まぁとにかく俺はエヴァンゲリオンを楽しんでいた。

とある何かが流行った時、興味はあったが触れられなかった。見逃すしかなかった。という体験をした人はたくさんいると思うが、そういうのって、大概遅れてきた自分にとっての絶好機に、それこそ貪り倒すようにハマってしまうって結果を生むもので、あまり健全ではない*5。モノやソフトは揃えやすいんだけど、一緒に語る人がいないのだ。(居ても、当時の現役プレイヤーと、今のニュービーでは熱量にも差があるので、なんかゴメン…って感じになりやすい)

 

2:僕とヱヴァンゲリヲン新劇場版(2007~2020)

2007年、エヴァのリブートとして新劇場版三部作が発表された。序破急と言うらしい。俺は楽しみになり、公開された序を見に行った。その頃少しだけいい関係になりそうだった相手と豊洲かどっか(どこなんだろう?覚えてない)に見に行って、面白かったし作画は素晴らしかったんだけど、あの、冷静に考えておっぱい揉む描写のあるしかもアニメってまぁまぁデート的な状況で見に行くのはきついな。*6

その観劇の間に、コンサドーレさんは岡本賢明の初ゴールで一人足りない状況から福岡相手に勝利していたような気がする。*7

序は世界こそ変わっている(海が赤いし、もしかして旧劇場版後の世界なのか?とかは思わないでもなかった)がかなり丁寧にTV版のヤシマ作戦までをトレースしており、おお~これは旧劇(エアまご)と内面描写のTV版25,26話をどうするか期待できるな~とか思っていた。

 

2009年、破が発表され、コンサドーレの応援をしに東京在住ながらホイホイ札幌に行っていた俺は、住んでいた東京ではなく、サッポロファクトリーの映画館で破を鑑賞した。*8

なんか、凄いことになっていた。唐突に現れるあざとい眼鏡巨乳キャラ、名前の変わったアスカ、ガンガン良化していくシンジと周りの人の関係、ゲンドウとも下手したら話せそうじゃねぇか。アスカは料理をしようとして指先を怪我しまくる。かわいい*9。しかし緊急事態の車のUターン+行き先変更という符号で、交わるかに思ったシンジとゲンドウの道はすれ違い、使徒に乗っ取られたエヴァ4号機を自身が操縦する自身の言うことを聞かない初号機で蹂躙せざるを得ないシンジ。エントリープラグを噛み砕かれるアスカ。いじけるシンジ。もっと強くなったゼルエル。蹂躙される2号機。更に自爆する零号機。積み上げてきた幸せが壊れていく中、男の戰いだ!覚醒した初号機awaikingユイは純粋に食い方が汚いけどまぁそれはいい。とにかく無敵のシンジくんは綾波を助けようとしてミサトにやったれやったれ背中を押されてリツコは太鼓を叩き(※叩いてない。それどころかシンみたらドン引き驚愕表情をミサトに示していた)、すっげぇ盛り上がったところにロンギヌされて渚カヲルが降り立って終劇した。なんか大幅に変わったな!?と思ってたらエンディングテーマ後の次回予告では冬月とゲンドウがヤクかヤギを連れてアンデス感ある高山ぽい標高の高さに到達してて、加持リョウジさんはなんか叫びながら銃を構えるし、これ、やべー、ズレて来てないか?でも次回予告では「取り込んだまま凍結される初号機」つってたし、やっぱTV版準拠のをやるんだよね?って思ってQを待った。

 

そして2012年

前年ちょっとした鬱病を患い、他方コンサドーレは昇格し、昇格したからって訳でもないけど親戚縁者の居ない東京に在住し続けることに限界を感じた俺は、この年から嫁様と札幌に移住をキメていた。Qの公開から1ヶ月ぐらいたった日だったか、既に公開してる劇場があまり無いのもあり、隣町である江別のイオンでQを見ることにした。人はまばらで、多分7人(俺含む)という感じだった。俺、四人組(若い男女)、二人連れ。

始まりから、宇宙で「は???」となっていた。宇宙。宇宙なの?ネルフ?ヴィレ?ていうかシンジくんは?箱からレーザー?人工の使徒?え?シンジくんおったん?何なん?エヴァにだけは乗らんといてくださいよ*10?鈴原…?みんなめっちゃ冷たい。誰も説明しないし、急にバトルロワイヤルみたいなことにされて、綾波が来たからそら幾らミサトさんとかの敵でもかまってくれる方にいくよね…と思ってたら廃墟にしか見えないネルフ本部は、自動配膳ロボット兼碇シンジくんへのピンポイント精神攻撃(トウジの名前入りシャツとかなぁ)を定期に実行するマシーンが組み込まれた謎の殺伐部屋以外は、頑として読書を拒むアヤナミレイ(仮)、やたらとピアノを求める渚カヲル、後は老人同士の老老介護寸前な限界社会だった。なんだこれ。かわいそうがすぎる。

そして何もわからん状況で(だって、わからんだろ)、お前は世界を壊したとか、そもそも初号機の中に入っとるのお前のお母さんなんよねみたいな事は言われるは、ともあれ二人で操縦するエヴァンゲリオン13号機使えばなんかまぁ原理はともかく世界は戻る的な一縷の望みを託されてシンジくんは乗るしかない。まともな会話が可能なのは、回答や言語センスがフワフワしてるとは言えカヲルくんしかおらんやし、そいつが行くというのであれば行かざるを得まい。だって残りは読書拒否マンと人付き合いに問題のある老人二人だもん。

そしてカオスが始まり、カヲルくんはDSSチョーカーを謎に取り付けて爆死。シンジくんはやっぱり絶望がよく似合います(※田原成貴96年ファイトガリバー桜花賞的な言い方で)。引きずられて謎ワードを出し続けながら歩いてってエンド。

エンディングテーマが終わり、次回予告ではあしゅら男爵エヴァがなんか走ったり剣戟したりしてたと思うが、まぁその縦割り具合もなんかの冗談なのか判別がつかない。まして気になってた冬月とゲンドウの登山ゲリオンもそういやなかったし、加持リョウジさんは?でも14年経ってるって言ってたし、しかたないっちゃ仕方ないのか…でも納得できるわけもないし、なんだこれ……

って思ってたら、4人組の誰かが

「なんだよこれ……」

ってつぶやいて、絶句してた。

その時、なんかギュッと来た。

「確かに新劇場版は新しいファンを拡大して、商売としても大きくなって、それでヱヴァ凄い!望んで居たエヴァがヱヴァとして作られて最高!ヱヴァは現代のエヴァなんや!」

的な雰囲気があった序破の流れのなか、それでもさ、やっぱTV版と旧劇、つまりエヴァは見ようよ……とか思って少し世間に対して嫌~な気持ちだったのだけど

「そうか、このQは、話こそ望んだものじゃないけど、現代に叩きつけられた旧劇場版の追体験(急にこんなもん叩きつけられても観客は困るしかない)でもあるのかもしれないのか」

と考え直すに至った。考えすぎかも知れんが、俺は旧劇を公開時に期待に溢れて見たわけではないので、きっとそうなのでは?と今の自分の感情と向き合うしかない。

更に言えば、観客は、14年放置されてわけも分からずボロクソ言われて、やれっていうからやったらまた破滅を誘ってしまって、友達も目の前で爆死して、何も、何もない。信じるべき相手も、理解者も、慮ってくれる人も、優しさもなにもない*11、このシンジくんと同じことをこの映画にされているんだなと。すげぇ構造だなって、思った。思ったけど、もうヱヴァの解釈みたいなところに物語(というかエヴァを見て体験するもの)の大事な部分はあんまりないんだろうなともうっすら思ったりしていた。

(この後序破QのBlu-rayを購入して、何度も見たりしている)

 

さらに2016年、豆腐メンタルな俺はまたぞろ慣れない環境により鬱病を再発*12し、俺が鬱病になると昇格するジンクスでもあるのか(2の2なので確度は高い)、コンサドーレは調子よくリーグ*13の先頭をひた走っていた。

世間はシン・ゴジラを控えており、庵野さんがメンタルしんどかったこととか、エヴァの頃も本当に辛かったみたいな事を漏れ聞く中、シンてなんやねんていう感情が否めないなか、まさかのスタジアムでシン・ゴジラを見るきっかけを得るのである。

詳しくは以下に書いたんだけども、とにかく、見てみたシン・ゴジラは、ゴジラ未経験の俺であるからこそ、その後初代ゴジラを見たからこそよく分かる、「現代に叩きつけられた、初代ゴジラ」であった。俺は終わった後ボロボロ泣いていた。 

翌年、認知行動療法というものを鬱病寛解というか、克服?付き合っていく中でより良く生きるために受けて、TV版エヴァンゲリオン25話26話の演出が、自身の過去、あるいはこうありたいと願う自分、そうしたものと向き合う際に行われる「サイコドラマ」という手法そのもの(に、見えた)であることに気がついた。

「自分が思ってる自分」「他人が思っている自分」「自分が思う他人が思っている自分」これらは全部違う。それを、できるだけ自分軸で明らかにする。自分が自分をどう思うかを、自分で観測する。そのために、状況を再現し、演じ、それを誰かに代役してもらい、自分はその様を眺める。眺めた自分の感情もまた、代役してもらい、ではどうするか、どうしたいか、何を願うの…である。(この辺は「生兵法は心の大怪我の元」になるので調べるならちゃんと調べるべきだし、やるならちゃんとした施設や機関でやるとよいと思う。辛いときは医者にかかろうな!)

エヴァンゲリオンは自分がここに居てもいい。自分の存在を肯定してもいい。誰かの中に無いならいなくていいとかじゃない。自分は自分でいる。誰かと衝突して痛かったりするかもしれないけど、それでも自分があって他人がある世界を望む。と、シンジくんが覚悟を決めるという話だったじゃないか。と、心底腹落ちしたんであった*14

このときから、自分はシン・エヴァンゲリオン劇場版:||を心待ちにしていた。

なんか、シン・ゴジラを見るに、そして序破Qでやってきた事を見るに、

確信はないけれども、そんな変なことにはならない、ネタバレなしに、自分の心と眼の前に現れるまじりっけないまっさらな最新版のエヴァンゲリオン完結編を見るなら、その時自分の心はどう動くだろうか。

それが楽しみで、怖くて、仕方なくなっていた。

 

2021年

かねてからの新型コロナウイルス禍によって公開が延期され、2021年3月8日、ついに封切りがされる。はじまってしまった。エヴァンゲリオンのある社会が。

俺は突発的にレイトショーのチケットを嫁様との二人分、IMAXで確保して、

そしてインターネットを一時的に遮断(ウマ娘のプレイ報告とちんぽTweet*15だけしてた)して、ついに2021年3月9日、一切のネタバレも事前公開の映像も、ポスター画像すら直視してないからなるほどこうか~とか考えることもなく、

シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| の初鑑賞に たどり着いたのだ。

 

という前提を踏まえた上で初回観劇時の感想・感情を以下に書いていこうと思う。

 

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###シン・エヴァンゲリオン劇場版:||見てない人はこれ以降読まんで欲しい###

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やはり映画はIMAXに限る。

大げさな上映前カウントダウン(10から開始されるけど、全然10秒じゃない)大好きなんじゃ〜!

 

「これまでのエヴァンゲリオン」めっちゃ親切でとても良い。公式の作る忙しい人向けのエヴァンゲリオンは質が違うぜ。

パリで物凄く趣味の悪い最高な発電用エヴァンゲリオンなどという冒涜的存在とバトル。星を移動した船の底面の盾でポジトロンライフルから何かを守るのはヤシマ作戦だけど、船艇の底を盾でまもるのはなんだか入れ子構造的だな???

ともあれパリ奪還。ここの描写だけで声には出さないがふぉおおおお!?ってなった。

そして村。トウジ、生きとったんかワレ!シンジくんはこれまでで最も強固ないじけモードに入っている。トウジとケンスケがそれぞれに明確に「大人」になっていて、また、シンジへのアプローチも柔らかく、しかし両人の個性による差異がある。オヤジさん(いいんちょのお父さんかな?)はイライラが限界に達して恩着せがましく説教。トウジは今はいいと言いながらもこういう生活はしていかないといかん。お前も道を見つけろ的に言う。ケンスケはさほど何も求めない。自分のことを話す。アプローチが三者三様だ。

アヤナミレイは人間性を取り戻していく。取り戻していくんでなく、社会生活を送る上で獲得していっている。自我がないためか悪意に怯えることもなく、幸いなことに皆いい人ばかりだ。表立って悪意は示さない。

獲得した人間性により破波(砺波ではない。破段階の綾波)レベルに到達した綾波(シンジに名付けられた)は存在の限界を超えてLCLに溶けてしまう。

シンジは村に入った当初から無気力であったが、アスカにレーション無理やり食わされたり(ここで一人ごっつの人形継子コントを思い出して少し笑いかけた)吐いたりしたものの、やはりケンスケとの話や行動の中から心の弾力を取り戻してて、綾波の消滅に際しては物凄く泣き、そしてケリをつける決意をする。

村の描写は、俺にはすごく危うさがあるように見えたけど、それは別に描く必要はない。そこで表立って傷つく必要はなく、優しくされてもどうにも出来ない、そんな表現でいいんじゃないかな……ともあれ、生活は在り、その中で「お前はどうか知らないし強制も出来ない(しない)けど、お前の周りの人はその人個々に生活をし、時を重ね、そして今を生きている」という事は結構強度を持って、優しい映像の中で表現されている。

そして加持リョウジⅡ(ヒシマサルⅡ的な)との邂逅。

加持リョウジは自身の興味により周りの人を泣かせる結果になっていた「エヴァ」と違って、「ヱヴァ」世界においてはノアの箱舟を作り、世界の破滅を止める犠牲となり、母は悲しませることになるけれど、しっかり父親として、大人になっていた(いや加持リョウジさんは旧作でも当社比全然子供ではないんだけど、しかし新劇比だとそれでもやっぱり子供だ)

ヴンダーでヤマトってハッキリ言ってからは趣味の時間で、これ、やっぱシン・ヤマトやっていいんじゃないか?って思う。もうね、凄い。ただ、IMAXだとちょっと世界が動きすぎたかも知れない。ちゃんと見たければ2回目以降は通常スクリーンかな。

万策尽きたヴィレメンツはヴンダーに取り付いた碇ゲンドウ(何を言ってるかわからんかも知れんが、ヴンダーに碇ゲンドウが取り付いちゃったんだから仕方ない)と対峙する。リツコのファーストショットによって頭をふっ飛ばされたゲンドウは既に撃てば死ぬような存在ではなかったんだけど、まぁ貞本エヴァでもATフィールド顕現してたし仕方ないよね。

この辺順番覚えてないけど、もちゃもちゃっと序破でよくやってた「みんなで突貫作業はエヴァの華」みたいな光景になる。働くヒトは偉い。昼間かどうかわからんけど、昼間のパパは男だぜ(←ジェンダー的に極限を超えた人から刺されそうな歌詞)

マイナス宇宙(便利な言葉)はいうなればグレンラガンの多次元宇宙兼TV版および旧劇場版で言うところの補完開始後、考えや思念が互いに溶け合う直前みたいな雰囲気なんだろう。シンジくんの解釈や認識が、13号機と初号機のバトルフィールドになる。

補完は始まって、巨波(TV版、旧劇版のリリス)がリアル綾波フェイスになる。

この時薄々「これってシン・エヴァンゲリオン劇場版なんだよな」「つまり、シン・(エヴァンゲリオン劇場版)であり、エヴァンゲリオン劇場版(所謂旧劇場版)の、シン・なんだよな」ってなってたんで、黒リリスエヴァンゲリオンイマジナリー)の前でゲンドウとシンジが話すのからして、旧劇の「時間がない。レイ、始めよう」「んっ」→エヴァンゲリオン劇場版 の流れですよね。きたきたきたきた みたいに思ってた。

そして補完が始まる。

依代になったゲンドウは何を望むか決めなければならない(多分)。補完によりATフィールドが消滅して心が溶けた以上、ゲンドウの認識の中のシンジとはどうしても邂逅してしまう。ゲンドウはめっちゃ生きづらかった自分の半生を語る。まぁわかる。わかるよ。そしてユイが出てきたんやな…でもユイ、多分そこまでお前のすべてを理解してくれてたかつったら、それはお前にとってそう見えてただけかも知れんけど、それはそれで、ゲンドウがユイをそう思っていたことが大事なわけで、だったらやっぱり、辛いよな…というのはあるが、そこまで「こういう決定的な理由があり、僕は世界を恨むしかありませんでした」っていう話じゃなくてよかった。

ゲンドウは結局シンジと話すなかで自分の弱さの吐露、息子からの(そこまで辛辣ではないまっとうな)指摘、自分の弱さを認められた事で、おそらくは救われた。救われたっていうか、追っていた影はシンジの中にあるって理解できて、うん。精神世界内だけどこれは釣りエンドだ……って納得してた(釣りエンド:PS2エヴァ2のエンディングの一つ。俺は出したことがない)

ゲンドウはシンジが全部チャラインパクトみたいな奴をやるのを阻止したいけど、ユイ初号機必殺の「あたしと一緒にあなたも死んでろ!多元宇宙の真ん中でアイを叫ぶケモノ心中スピアー」で、旧劇場版の「ゆっくりまっすぐ槍を挿入して歓喜の表情を浮かべる」とは180度ぐらい違う「ジタバタすんな!どりゃあああ!!」みたいなダイナミックに弧を描く自己刺突(エヴァ初号機と13号機の2hit )するもんだから、その勢いの違いでまた笑いそうになった。ユイさん、ゲンドウくんが変に自己憐憫と陶酔から悦に浸らないように精神世界内で尻に敷いててね…!

そして補完は佳境を迎え、海に色が戻る。

大人になったアスカ(式波…なんだよな。問答からして)との邂逅。ちゃんとシンジは言った。もうシンジはあの少年の日々や感情を飲み込んだんだろう。ここは何と言ったかは書きたくない。ここまで書いといてなんだけど、書きたくない。わかれ。アスカ、言われる側だとそうなるのな。いや、ホントそういうところがな、人気…!

やたらと足し算の多いエヴァンゲリオンから落ちてきたマリからメガネが外れる。メガネは貞元エヴァで表現されていたように、ユイそのものだ。マリは、ユイへの呪縛からも逃れたんじゃないかな。すげーいい。すげーいいよ。シンジ、お前ほんとよく言ったぞ……!マリそのものの存在を肯定してのけて、本当に、本当にみんな大人になった。

補完が終わり、俺の頭の中では完全におめでとうモードになったのち、貞元エヴァだよなぁ貞元エヴァだよ。駅のホームで明確にこんにちは僕たちはカップルですみたいな二人が居たり、シンジは大人になってて(見た目に)、マリと話す。

 

大人になるべき人(子供だった人:大人な人はそもそも大人として振る舞っているので別にそういう表現はない)はすべて自分の何らかを乗り越えて「自分を子供に縛っていた呪い」から解放されて、それぞれに大人になり、そして、劇中でとにかく悪く使われてばっかりだったエヴァンゲリオン(発電特化型エヴァンゲリオンってなんだよ…:最高)はすべてその存在がなくなり、ああもう、本当に、本当に、

エヴァンゲリオン劇場版」のサビを「繰り返し」、大団円のフィナーレに持ち込んだ、

「 シン・ エヴァンゲリオン劇場版 :|| 」

だったんだなぁと大満足して、俺は、映画館を後にした。

 

この映画を見れて本当によかったし、ここまでエヴァンゲリオンを見てこれて、そしてこの日を迎えられて、本当に良かった。俺も、お前(エヴァ)も、随分と互いに時間が経ち、年をとったよな。

(と言うように、「お互い時間が経ったということ」を観劇中に認識させてくる)

みたいな、エヴァンゲリオンでした。

 

(それだけ聞くとなんじゃそらってなるけど、でも、それで俺が納得して、そして感動をしてるのも、また事実なのだ)

 

この作品を終局に導いてくれた、すべての人に個人的に感謝を申し上げます。*16

ありがとうございました。

 

以上 

*1:全文10000字のうち、多分6500文字ぐらいからかな

*2:シンは「エ」ヴァだけど

*3:何せ寮生は学校に行かない。時間は個人に対して有限なんだが、言葉のアヤみたいなもんで、そういう正論は言うものではない(優しさ)

*4:思わせぶりな口調で留年を宣言していくスタイル

*5:自分の経験で一番は、2019年にKING of PRISMを見てしまってから、プリティーリズム、プリパラ、アイドルタイムプリパラ、プリチャンと10年の歴史を実時間一年半で駆け抜けてしまい、10万超えてるBlu-rayBOXも購入してしまったとか、そういうの。

*6:それが原因かはともかく、自分に勇気も甲斐性もなく、なんかそういう話は無かったことになった。

*7:あの試合でハムストリングをやった藤田征也選手が2021年現在J1徳島でプレーしてるの凄いよね

*8:たまたま帰りの飛行機が夜だったのでチェックアウト後の待ち時間が長かったのだ

*9:でもまぁ、あんだけ切ってるなら根本的な認識に問題があるので料理はやめたほうがいいです。危ないからね…

*10:声に出して言いたい日本語

*11:冬月先生にしてからが、この中では優しそうに見えて14歳の子供に対して将棋で圧勝しつつ記憶から消している子供の母親の顛末を述べる:まぁこれはゲンドウが言わせてるんだけど ような人ではあるからな…

*12:とは言え、これはパワー的なハラスメントが原因なんで俺には問題がない:断言

*13:当然の権利のようにJ2

*14:とはいえ反射的な恐怖には勝てなくて、旧劇のシンジくんは他者であり精神世界内で自分を否定しまくった「私のものにならないなら、あなた要らない」と吐き捨てたアスカの首を締めてしまったよね……途中LCL意識内での母との邂逅と別れを経てスッキリしてるように見せて、発作はあるんだし、まだ全然自宅待機してた方が寛解に向けては良いとは思います。

*15:これは日々のリズムを刻むおまじないのようなもの

*16:これだけ長く続き、人の心に並々ならぬ感情を植え付けたコンテンツを、全部ひっくるめて大サビを演奏し、終止符を打つ。

その責任とはいかばかりか、そんなもん俺みたいなもんにわかるわけもない。

でも、庵野監督は、Qで地獄に沈んだあと、自分の存在を賭けた好きなものへの取り組みて這い上がり、見事(見事だよ!)に「新世紀エヴァンゲリオン」を、新劇場版、貞本エヴァ、全部ひっくるめて、大団円に導いて、終わり!解散!としてみせた。

これ、マジで凄い事だと俺は思ったよ。泣きゃしなかったけど、泣くのは目的じゃない。完結するその様を見に行って、これ以上なく完結したんだ。

他に何を望む?

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||を見てきたぞ2【直バレはないが構造的な感想含む】

内容に関するネタバレはありませんが、こういう話か〜。こういう構造か〜。と俺が思った事(考察でなく、感想)は書きますので、初回鑑賞がまだの人はこれすら読まないで劇場に行ってしまうのがよいです。

 

前回↓

 

観劇前日、嫁様に「シンエヴァを見るというのは、家を出て時が経った息子と極久しぶりに会い、なにはともあれ酒を飲みに行く、一緒に酌み交わしてみる。みたいな感覚になるんじゃねぇかな」とか「そこに、息子が俺の理想と違ったとか、随分立派になったなとか、お父さん(自分)も負けてないぞとか、そういう息子(映画)への感想ってのはあんまりなくて、『ああ、俺も息子もこうした酌み交わしが、仮に話がドライヴしないとしても、ともあれこうして飲んでいられる程には、両者に時間が流れたんだなぁ』みたいな感慨を得るような体験になるような気がする」などと、シンエヴァ視聴前の【体験】について何となく話してたら、

 

まさに【そう】であった。

 

破→Qで劇中14年間の空白があり、そこで何があったかの説明はなく*1、周りは何も言ってくれない。

完全に突き放された状態で物語は進んで行き、投げっぱなされて放心状態のまま、まさしく観てる俺(並び、江別のイオンシネマで観ていたその回7人の観客もきっとそう)を劇場の暗がりから追い出したQ。

ここに於いてヱヴァ(※新劇場版をヱヴァ、TV版や旧劇場版なんかをエヴァとする)は既に旧劇場版エヴァ追体験に似た事を観客相手にやっており、もう「これがこうで、このワードはこれこれこう」みたいな劇中での説明は期待出来ないということは何となく覚悟がついた。(14年の空白を懇切丁寧に説明する暇と熱意のある人間はこの世界に居ない)

※それはそれとして破→Qの予告の冬月とゲンドウとヤクによる登山ゲリオンの件は何らかのスピンオフして欲しいぞ。

 

ここで思い出して頂けるとありがたいのが俺の書いた俺向けのネタバレ回避シンゴジラの感想で、俺はここで「シン・ゴジラは現代の人や世界に向けて作られた初代ゴジラだ」と書いている。

そうした感想を得る体験を経て「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」を鑑賞した訳だが、果たして「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」は、まさしく「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||だった。

 

シン・ゴジラ は ゴジラ を追体験させる。

 

シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| は エヴァンゲリオン劇場版 を追体験させる。*2

 

Qが構造的に「誰も理解出来ない、エヴァンゲリオン劇場版(所謂旧劇)的な投げっ放しのほっとかれ体験をさせた」んであれば、シン・エヴァンゲリオン劇場版は投げっ放しでなく、懇切丁寧にエヴァンゲリオン劇場版(所謂旧劇)を「繰り返し」ており、メッセージは旧劇場版と変わっておらず、そして、その上で、ヱヴァ(新劇)側の大人達を大人にし、エヴァ(TV、旧劇)の頃にあった「大人が子供問題」にケリをつけている。

 

大人がガキだからエヴァンゲリオンなんだろうが!!!!

 

と拗ねる向きもあるだろうし、それは感想やそう見たい人の考えなので否定はしない(出来ない)けど、それは意地悪く言えば拗ねたい人が拗ねるというだけの話でしかない*3。時間の経過により、自分以外の他者は自分の意志に関係なく、任意に成長する可能性がある。

 

TV版→旧劇場版*4

新劇ヱヴァ序→新劇ヱヴァ破*5→ヱヴァQ*6

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||*7

 

繰り返しだ。繰り返しだ。

繰り返しの中で盛り上がりを加えていってる。

そして、大サビが、これだ!!!!!

 

【シン・エヴァンゲリオン劇場版:||】ってタイトル、そういう意味か!!!!

 

みたいな解放と納得が、俺にはあった。

この感覚は少なくとも俺にはあって、誰かに任意にあるかは分からない。でも、俺にはあった。

シン劇の語り口は、旧劇みたいにあつあつのコーヒーサーバを投げつけたり、ダイニングテーブル回って近付いてきて殴ったり蹴ったり……そんなではなかった。

こっちはイヤなのに、まっすぐ目を見て、肩を掴み、逃げられなくして、ともすれば独善的な熱意ある説教をしてくるでもなかった。

 

長方形の座卓の適当な間合いに斜めに座り、めいめいに自分の盃を満たし、啜る。その中で、特に殊更の衝撃的な語りがある訳でなく、ふとした話し方なんかに、互いに時間の経過を感じるような、

そんなシン・エヴァンゲリオン劇場版:||だった。

 

ここまで読んでしまった未視聴の方にはもう意味がないですが、それでも、こんな文章は読まず、劇場でシン・エヴァンゲリオン劇場版:||を喰らって、あなたの中に起こるあなたの感情を、インターネットなり近くの人になり、何らか残されて、それが流れ流れて俺に届き、ああ〜、こういう感情感想もあるんだな〜とかなったら、素敵だなと思います。

 

まだまだとりとめなく言葉が出てくる*8けど、取り敢えずはこんなところでした。

*1:渚カヲルによる通り一遍な説明はあったが、それはシンジ君への説明であり、観ていた我々への説明ではない。

*2:反復記号は曲の盛り上がり、大サビなんかに効果的に使われる。

*3:そして拗ねている子供に、特段の悪感情がなかろうと、日々を過ごす大人は「構いきれない」し、さながら拗ねている子供を無視するかのように過ごす事が往々にしてある。

*4:碇シンジの補完における、「恐怖の対象であった他者」の存在の許容

*5:他者を許容出来る碇シンジの冒険譚

*6:他者への信頼の梯子を外され、再び他者の存在を静かに否定(殺すとかでなく、自分の中で無いものとし、関わらない)する

*7:碇ゲンドウによるエヴァンゲリオン劇場版の「繰り返し」或いは「反復記号で繰り返される所謂旧劇、エヴァンゲリオン劇場版のサビである補完計画を歌うのは碇ゲンドウ

*8:思い出話なんてのは大概そう。それが止まらないんなら、その葬式は大成功なんですよ多分

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||を見てきたぞ【ネタバレ皆無】

※あの、やっぱりですね、いきなりですけど、でもやっぱり「映画は劇場で事前情報なしに体験するのが絶対に一番強烈なので、四の五の言わずに一番早く見れる回のシン・エヴァンゲリオン劇場版:||のチケットを買って劇場に行ってしまえ」というのを最初に言っておきますし、僕のエントリにこの先エヴァという単語はヱの方のヱヴァ含めて以降4回しか出ません。その辺はネタバレないので安心頂きたいんですけど、やっぱり読まないで劇場に見に行って、その後この下を読んで「あ〜、なるほど〜、そうか〜」って思ってもらえたら、その、嬉しいです。

 

#####←区切り文字

 

大体僕の感想は以下のエントリで、単語を適宜読み替えることで成立すると思います。

 

俺はホントにすげぇ良かった。

見る前、嫁様に「なんか、話がどんなであれ、とにかく、シンエヴァ(ヱヴァでなく)見に行くのって、大きくなった息子と、お父さんが酒飲んでみるみたいな体験なんじゃないかなと思うんだよね。その、生意気だなーとか、大人になったなとか、感想は色々あっても、ああ、これだけの時間を過ごしたんだなー、そんで俺も相手も時間を過ごしたんだな〜って感じるみたいな」と話しておったんだけど、

 

そうだった。

 

とても、体験的に良かったので、エヴァ(ヱヴァ含む)好きな人は行くと良いと思います。

 

劇場にいきましょう。

 

では!!